東山紀之

2023年08月09日 21:01

10年前の事件の話は1シーズンかけてやることではなかつたやうな。前後編で充分だつたのでは? 多分スタッフは『ゴンゾウ~伝説の刑事』のやうなことをしたかつたのだらう。が、しかし全く力不足だつた。

阿部進之介、泉澤祐希、堀井新太、宮川一朗太、山口大地、山田純大、渡辺大等好きな俳優が視られてよかつた。

来年は天樹悠(東山紀之)が刑事に復帰する様を1シーズンかけてチンタラチンタラ描くのかしらん?「刑事に復帰するまであと79日」なんて風に😁


局:テレビ朝日
主演:東山紀之

2023年08月02日 21:00

想夜:おもふよる

髭面阿部進之介

脚本:森ハヤシ
局:テレビ朝日
主演:東山紀之

次回、天樹悠(東山紀之)最期の事件。最後でなく最期?

次回最終回ではどの被害者が誰に殺されたのか初回分から一通り説明してほしいよ。



2023年06月07日 21:00

――天樹、刑事やめるつてよ
――79日後に辞める刑事

珍しく面白かつた。何故? 雰囲気が好かつたから? 思はせ振りに騙されたから? さて?

今シーズンは『ゴンゾウ~伝説の刑事』のやうに1つの事件を解明することに重点が置かれるのだらうか。

天樹悠(東山紀之)は5月21日の日記に「刑事を辞めるまで79日」と書いたやうだ。物凄く細かいことだけど、5月21日の翌日を第1日目と数へて第79日目である8月8日に天樹悠は刑事を辞めるつもりだ、といふことなのかしらん。8月8日は『刑事7人』の放送日である水曜日ぢやなくて火曜日なんだけど😁 5月21日は日曜日だし。この日記は、単なる思はせぶりなのか。それとも叙述トリックの道具なのか。

ライターを持つた髭達磨被害者(西川瑞)が一寸可愛かつた。

山田純大、泉澤祐希、堀井新太は、今シーズン、レギュラーゲストなのかしらん? さうなら嬉しい。

山口大地の役は、10年前の放火殺人の被害者のやうだ。ただの被害者なのか。実は下衆野郎なのか。それとも感動話要員なのか。少々気になる。


脚本:森ハヤシ


2022年09月08日 02:33

東山紀之刑事と観月ありさ被疑者とは過去に何かあつた訳ではなく、単に東山紀之刑事が観月ありさ被疑者に一寸心が揺らいだだけだつたやうだ。

陰山泰の入浴シーンがあつた。脛毛あり。

タンクトップ姿の野村祐希の二の腕が逞しかつた。

脚本:吉本昌弘
演出:兼﨑涼介

2020年10月01日 03:59

面白かつた。意外ね😁

天樹(東山紀之)が警察官であることよりも愛する者を殺された者であることを優先して道上(田中哲司)に訴へ掛ける様が印象的だつた。

東山紀之がああいふ風に激昂したキャラを演ずるのを私は初めて見たかも知れない。

2020年09月24日 00:03

《明石家さんまは「花瓶」。渡辺大は「遺体を殴つた」》

色々突込所があつたけれど、渡辺大のお陰でつまらなくはなかつた。「遺体を殴つた」で渡辺大検事が犯人なのかなあと思つたらその通りだつた。渡辺大の半分ピエロメイクが印象的だつた。

東山紀之刑事は「25年前の強盗事件の犯人は渡辺大検事の父親だ」といふ意味のことを言つてゐたけど、証拠がなくて未解決になつた当該強盗事件の証拠を東山紀之刑事が見つけた、といふことなのか? てか、25年前の強盗事件なら15年前までに公訴時効になつてて資料も残つてゐないのでは?

副音声で裁判員のことを陪審員と言つてゐた。


2019年03月29日 05:03

面白くなかつた。『砂の器』映像化作品を一通り見るのは多分これが初めてだ。途中、乍視や1.3倍視。

《猫飼育放棄、赦すまじ》

TBSの3時間超『十津川』よりは遥かにましだったけど、矢張3時間はタルい。3時間もかけて殺人が1件とは、どういうことなのか。てつきり作曲家の秘密を知つた愛人バーテンダーや女社長などが次々に殺されると思つたのに。ご都合主義的展開も多かった。端役で色んなベテラン俳優が出てたのは面白かつた。カメオ出演にお金をかける辺り、力の入れどころを間違へてるフジテレビらしい(笑)。

作曲家が(別人に成り済ましてゐるといふ証拠はあつても)ヲツサン殺しの犯人であるといふ物証はないのでは? 愛人バーテンダーは、さつさと外国に行けばいいだけで、自殺する必要はないだらう。主人公刑事は勘が良すぎる。超能力者かよ。あと、被害者の方言は、全然ズーズー弁ではない。東北弁との音韻の類似なんてなかつた。

相変わらず須田邦裕を見ると「ゲイ役か?」と思つてしまつて「桐山漣とは恋人同士の役なのか?」なんてことを妄想してしまつた。いつになく野村周平が可愛く見えた。髪型やキャラのせいかしらん。バーテンダーの飼猫はあの後どうなつたのか気になる。フジテレビだから橋本環奈が保護したのかしらん(笑)。

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『砂の器』は、原作小説も映画版も
「ハンセン病は『業病』である」
といふ偏見の上に感動が形作られるといふ作品だから、結果的に差別を助長してゐる。
「ハンセン病患者は差別されて可哀想だ(差別されるのは仕方ないけど)」
と言つてゐるやうなものだ。

今時は「業病」といふ概念が理解はされても共感はされないので、少なくなくとも娯楽作品としての『砂の器』は、根本的に時代遅れになつてゐると思ふ。だから、仮に今業病(たるハンセン病)設定で『砂の器』を映像化したとしても、もう感動を呼び起すのは難しいだらう。

映画版『砂の器』の構成を踏襲してる今作には終盤で東山紀之刑事が中島健人作曲家に共感して泣いてしまふショットがあつた。シリアスな場面にそぐはない、コントじみた、滑稽なものになつてゐて、違和感があつた。かうなつたのは、ヒガシの演技力のせいもあるけれど、抑、『砂の器』が時代遅れであるせいだらう。

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